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子どもとがっつり遊べる時期はそう何年もない

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Webマーケティング支援会社 経営 東京都 荻原猛さん
オトンの流儀とか
ビジネスマン編 Vol.29

娘たちには、僕が選択できなかったような、愉快な人生もいいなと思っています。

Webマーケティング支援会社 経営 東京都 荻原猛さん

Webマーケティング支援会社 経営 東京都 荻原猛さん

家族構成:妻、娘(小2)、娘(年長)

今回は、7月に東証マザーズに上場したソウルドアウト株式会社の代表、荻原猛さん。社員は叱れても、娘さんには全く怒ることができないというオトンです。そんな荻原さんが娘さんによく言う2つのこと。2020年以降の生き方、そして、同じ経営者だったお父様への想いなどを伺いました。今回は最終回、お父様も経営者だったというお話を。

聞き手:oton+to編集長 布施太朗

第3回人生カッコつけたほうがいい。そのためには美学を貫くこと。

―荻原さん自身はご自身の親御さんから影響を受けたこととかって。

親父は僕の誕生日さえ知らないと思いますし、僕が当時何才だったかも知らなかったと思いますね(笑)。興味が無かったといより仕事の人でした。僕のことが可愛くてしょうがないのはよく分かるんですよ。会話からとか、それは十分に感じる。そして僕の将来にも興味がある。僕が将来何になりたいかってことには興味を持っていました。

―自分が何年生かを知らないということに腹が立ったりは?

いや、全然ないです。別に父親が僕の誕生日を知っていたからといって嬉しいかっていったら別にそんなことないし(笑)そういう意味じゃ期待していなかったです。知らなかったっていうほど、仕事に熱中していた。けど、愛情は感じていた。それだけで十分ですよね。

―息子さんの将来には興味があるというのは?

親父は会社を経営していたんですけど、小学生の頃は商社マンになれってずっと言われていました。商社に行けと。世界に行けと。

―お父様も経営者だったんですね。

はい。経営者でした。でも僕が10歳の時に会社が潰れました。その時から僕は、大人から教えてもらうということをやめて、自分で考えて自立していこう、と思ったんです。自分で考えて自分で判断しようって、ものすごく強く。親戚とかが言ってくるんです。「これからお前がちゃんと母親と妹の面倒を見るんだぞ」って。でもオレ10歳だし働けねえし、金稼げねえしとか思いつつ、言われ続けると自覚してくるんですよ。だから何事も自分で判断しようと。精神的な自立が早かったと思います。

―その頃から親に期待はしていなかった。

もう全然。期待はしていませんでした。倒産してから親父とは一緒に暮らせなくなって、貧乏になっちゃいましたから、小学校の頃はイジメられないように頑張っていました。普通の会社員の子どもだったら、しない経験をたくさんした気もするし、見なくていいものも見ちゃいましたし。今となってはいいんですが、当時はかなり精神的にきつかったです。自分の子ども時代は本当に圧縮されていましたね。親の状況がそんな感じなので、やれることの選択肢がなかったんです、何も。東京に出てきてからです。本当に何も縛られず、羽が生えたように自由な気持ちになれたのは。働いた分だけお金がもらえて、食いたいものを食って。

荻原猛さん

今回の"オトン"なビジネスマンは、

荻原猛さん

ソウルドアウト株式会社 代表取締役社長
家族構成:妻、娘(小2)、娘(年長)

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父親が子どもとがっつり遊べる時期はそう何年もない。

布施太朗・著¥1,300(税抜)

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