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父の失敗・悩み・たわごと
2016.5.8
サインを母に。
「サインを書いて送ってきてよ」。
『父親が子どもとがっつり遊べる時期はそう何年もない』の本が発売の日、電話口で母が言った
母はいま宮崎に住んでいる。宮崎はもともと父の故郷で、祖母の面倒を見るために、今から17年ほど前、ひとりっ子の父が長年住んだ大阪から宮崎の祖母の家を少し増築し、母と引っ越した。父が61歳のときだった。時代的なことやいろいろな事情で、祖母と父はそれまでほぼ一緒に暮らしたことはなく(父は子どものころ曽祖父と暮らしていた)、60を過ぎてからはじめて自分の母と暮らすということになる。そして祖母、父、母の3人暮らしが始まったが、4年ほど経って祖母が他界。その後、わずか1年半ほどで父も亡くなった。ということで、この家は東京出身の母がひとりで住んでいる。15年以上住んでいると、ご近所に程よい距離感の同年代の友達もいて、近くの公園でグラウンドゴルフをしたり(たまにホールインワンを決めるそう)、家の縁側の下を寝ぐらにしている猫にごはんをあげたりして可愛がりながら、おそらく細かなことはいろいろあるものの、おかげさまでいまは健康に暮らしている。
「ほら、たろやん、アンタ小学生のときに一生懸命練習してたじゃない。サイン。それ書いて送ってきてよ」母は私のことをたろやんと呼ぶ。
私が小学生、おそらく3年生ごろだったか。確かにサインを練習していた。将来プロ野球選手になったときに書くサインを、今のうちから決めておこうと思ったからだ。サインは、なにかの本やプロ野球カードかなんかで見た王貞治や田淵幸一や掛布雅之や衣笠祥雄(衣笠のだけは、サインボールを友達のお父さんからもらった)のものなどを観察して、「王」という字がどんなふうに崩されているのかとか、難しい「淵」は、サインもやっぱり複雑なんだなとか、掛布の書く「布」はとても分かりやすかったけれど、分かりやす過ぎて物足りないなあ。自分の「布」は、もっと崩して書こうと思ったりしながら、自分の名前をサインっぽく書く練習を一時期集中してやっていた。そして、研究を重ねた?結果、4年生にして私のサインは完成した。
その後、どういう訳かプロ野球選手にはならず(笑)、このサインが誰かの目に触れることは当然ないまま、今にいたる(我が家の子どもたちには、「オトン、自分のサインが書けるんだぞ」と自慢をしたことはある)。
母はその時のサインのことを思い出したらしい。その頃、母にサインを見せた記憶はなかったけれど、それを本に書いて送れと。よくそんなものを覚えていたなあと。
電話を切ってから、マジックペンを取り出してなにかの裏紙にあの頃のサインを書いてみた。何度も書いただけのことはある。スラスラ書けるものである。おそらく、何度か書き続けるともっと洗練されそうな気がするが、そこで調子に乗ってしまうと、あの頃のサインからはかけ離れていきそうなので、当時のものを再現するだけにした。何度か試し書きをして本番。本の表紙をめくったところにサインをした。
サインをする第1号の相手が母とはいえ、あの頃のサインが日の目を見た瞬間である。サインを書いたものと書いていないもの1冊ずつを実家に送った。
すぐに母からメールがきた。「本届きました!ありがとう!サイン見ました!こんなのだったー。とても懐かしいです!!」
母のメールのテンションは高かった。
母には2冊本を送ったが、それからまもなくして、本屋さんにある姿も見てみたいとのことで、バスに乗って大きめの本屋に行ったそうだ。店員さんに本の題名と著者名を言って探してもらったが、あいにくその店には置かれておらず、でも取り寄せをしてくれるとのことだったのでお願いしたのだと。ただ、それまで店員さんには「オトンが子どもとがっつりなんとかっていう、、、たしかなんとかタロウって名前の人の本で、、、」と話していたのだけれど、「ご注文の方のお名前をいただけますか」ときかれ、なんか気まずいなあと思いながら自分の名前を言ったそうだ。同じ名字を聞いた店員さんは、「は??あー!そうですかあ!」と察した感じの反応をされて、こちらも「はい。そうなんです」と言うしかなくて、それがまた恥ずかしかったのだと、電話で笑っていた。
以前ある方に、「本を出版して何がいいかって、それは親孝行になることだよ」と言われた。そうなんだろうな思ってはいたが、実際に本が出てからの小学生の時代のサインのこと、テンション高いメール、さっそくの読了、本屋さんでのやりとりを笑いながら話す母の声を聞いていてあらためて思った。確かにそうなんですわ。
それからまた数日して、母からお祝いの封書が送られてきた。「少額だけど、お祝いだから記念に好きな物なんか買いな」と。 決して少額ではない。このお祝いはなんでもない日にふらりと宮崎に帰省する時に使わせてもらおうかなと思っとります。
本日は、母の日です。
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