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タレント IMALUさん
オトンの流儀とか
アーティスト編 Vol.15

あ、自分は3人も守ってくれるお父さんがいるんだ、すごく幸せだなって。

タレント IMALUさん

タレント IMALUさん

家族構成:母、父、兄

【オトンの流儀とか〜特別編〜】今回は父の日特別編ということで、「オトン」ではなく「ムスメ」であるIMALUさんにインタビュー。明石家さんまさんや野田秀樹さんと接する中で、子どもの頃に感じていた大人へのあれこれや大人になったから理解できる子どものあれこれをお話しいただきました。

聞き手:oton+to編集長 布施太朗、大山あず紗 写真:島野大輝

第1回父は常にオン!オン!オン!オン!生きることイコール仕事という人です。

―今年はお花見されました?

お花見しました。代々木公園で今年はして。いつも世田谷公園でやるんですけど、友達と。今年はちょっと変化球で。

―いいですね。お花見は昔からこう、毎年されていますか?

そうですね、季節のイベントは結構好きで。夏はバーベキューしたり、ハロウィンもしますし、クリスマスもするし。飲む言い訳ですけど完全に。

―飲む言い訳ですか。

はい。

―お酒好きなんですね。

お酒好きです。

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―わ、いい笑顔。

はい(笑)。

―例えば大竹しのぶさんやさんまさんと行事された記憶ってありますか。

そうですね、母はそういうイベントをよく企画してくれていて。ハロウィンパーティーやクリスマスは、近所に住んでいる私の友達を呼んでやってくれました。父は一緒に住んでいなかったので、定期的にご飯会みたいなのがありましたね。小さい時は月1ペースぐらいだったと思います。

―さんまさんとはご飯会を。

母、祖母、兄と父、家族みんなでご飯を食べに行ってました。あとは映画が好きだったので、父が私と私の友達を映画館に連れてってくれたこともよくありました。

―お父さんとIMALUさん2人では?

ふたりっきりは、ほぼなかったです。

―ふたりっきりになりたくなかったんですか?

どうだろう。でもいつも当たり前のように友達がいました。

―ご家族とお友達が近いんですね。

みんな知ってます。小中高の友達みんな、今でも仲良いんです。

―映画館に一緒に行かれたとき、お友達も含めてどういう会話されたか覚えていますか?

映画はドラえもんとか、子どもが好きなものをよく観ていたんですけど。たまに洋画を観ることがあったんです。字幕入りの。でもまだ漢字も読めない頃なので、全部父が私の耳元で字幕を読んでくれていました。

―お父さんが全訳状態!

女の人の役も男の人の役も「わー!きゃー!」も全部です。多分周りはすごい迷惑ですよね(笑)。お客さんもあんまりいなかったのかな?ずっとやってくれてました。だからその頃私が観た洋画は、全部父の吹き替えバージョンです(笑)。

―さんまさんとは一緒に住んでいなくても、そういう交流はたくさんあったんですね?

母もそうやって会わせてくれる機会を作ってくれていたんでしょうね。父と母は、もう夫婦じゃないから会わないってわけではなく、今も一緒に共演したり、仲が良いんです。

― IMALUさんが大人になってからも、お父さんとはよく会っていましたか?

だんだん減ってはきました。それと私、高校はカナダに留学したので、その頃はたまに日本帰ってきた時に会うくらいでした。

―さんまさんがカナダにいらっしゃったこととかありますか?

ないです、ないです。

―なんでカナダに留学しようと思われたんですか?

海外の映画と音楽がすごく大好きで、海外の生活にすごく憧れを持っていたんです。もう外国人になりたいくらいに思っていたので。それで留学させてもらいました。

―どうでした?外国人なれました?

外国人になれなかったですね。でも15歳から18歳の多感な時期に向こうの人たちと生活したことは、自分のベースになったと思います。カナダ人のいいところが吸収できました。それと、私が外国人になりたいと思ったのはもうひとつ理由があるんです。自分が物心ついた時から、母と父は芸能界の中心にいる人で、周りに大人がいっぱいいる環境だったんです。その人たちの言動に表裏を見ることがあって。偉い人にはいい顔するとか、そういう部分を小さい時から敏感に感じていたんです。

 

IMALUさん

―うんうん。

大人になったら、自分もいい顔しないといけないのかと。そういう時に音楽とか映画を観て、海外のアーティストが何かの授賞式とかで、自分の言いたいことを堂々とスピーチする姿、自分は自分だと意見を人前ではっきり言う姿にすごく憧れたんですね。絶対海外に行きたいと思ったのはそこです。実際カナダに行って、そういうところを吸収できたし、行ってからむしろ日本人の優しさとか気遣いという部分にも気づくことができました。それと自分がこの仕事を始めて、小さい時に感じていた大人の裏表の顔というのも、理解できるようにもなりました(笑)。

―理解できたというのはその、昔は嫌だと思っていたような気持ちではなくなったということ?

はい、まあ嫌な時も正直ありますけど(笑)。変な人はいっぱいいますから。

―ははははは。

どこの仕事も変な人はいると思うんですけど、でも特に独特な人が多い世界なので。日本で一番面白い人たちが集まっている職場ですから。その姿を見たり一緒に喋ったり、ものを創ったりすることができるってすごく楽しいと思えますね。

―芸能界のマイナスなイメージが変わったんですね。子どもの時に周りの大人たちが気を遣う姿や、顔が変わるところが見えたということですが、お父さまにもそれは感じていました?

多少あるかもしれませんが、基本は変わらない人です。テレビと全然変わりません。それより周りの人に対して思うことが多かったです。父に対して、なんで同じヒトなのにみんな気を遣うんだろうって。当時、父が出てくるとみんな立ち上がって挨拶するとか、テンポを合わせるとか、他の同じような年代の男の人にはしないのに。自分としては父親なので、父の何が偉いのとかも分からないし、別に父が偉そうにしてるとかいうわけでもないので。

―IMALUさんが芸能界に入って驚いたことはありますか?

芸人さんは、カメラがオフになると、普通に戻るじゃないですか。

―はい。

芸人さんって、カメラの前ですごくエネルギーを使う仕事なんです。でもカメラがオフになったらガンガン喋る必要もないから、静かになるのは当たり前だとは思うんですけど。だけど自分は父しか、つまり常時オンの状態の芸人さんしか見たことがなかったんで。「わっ、こんなオンオフってあるんだ!芸人さんって」。ということでびっくりしたのは覚えてます。怖くすら感じました。

―なにか他にも理解できたことってありますか?

理解できたこと、そうだなー、父は、すごく仕事が好きなんだなと。昔から感じてはいましたけど。あれほどのパワーでMCして、人を笑わせて、カメラ回ってないところでも人と触れ合って、笑いが、笑かすことがとにかく好きで、自分の仕事に対して相当情熱があるということ。生きがい、生き様?生きることイコールこの仕事という人なんだなということを、自分がこの仕事を始めてさらに思いましたね。

―うんうん。

自分は、仕事は大好きですけど、仕事以外の時間もすごく大事だし、学生時代の友達と会ってなんかくだらない話をする時間とか気を遣わない環境がないと、バランスがとれないんですが、父はそこが全部、常にオン!オン!オン!オン!みたいな。

―パワフルですね。

そこはやっぱり人間じゃないなと。

―人間じゃない(笑)。

あのパワーを秘めてる感じは、自分じゃできないんで。同じDNA持っていても自分は父のようには絶対になれない。

―一瞬でもオフの部分を見たことってありますか?

家族だけでご飯とか食べている時のほんの一瞬とかに表情で感じることはありますけど、、、。黙り込むことはない。

―あはははは。黙り込むことはない。

ずーっと喋ってますね、家族の中でも。

 

IMALUさん

―家族で食事される時はどんなお話をされてるんですか?

仕事の話はしません。私はたまに、あれ見たよとか、面白かったね、というのはするんですけど。父は特に私の仕事の話は絶対しないですね。何を話しているかというと、父と母がゴシップ記事とかニュースの裏側とかを喋ってて、途中から父がほかのお客さんとかに絡んでMC始めて、、、。

―MC始めるんですか?!

はい。そして兄は無口な方なんで。たまに喋りたいときに兄が喋って、私も喋りたいときだけ会話に入るという感じです。私はお酒が好きなので、父と母と行くとお金払ってもらえるので、ずっと飲んでます。

―ははははは。

常連さんとかの高級ワインとかいただいて、みんな飲めないからそのお酒全部私に回ってくるんです。それも私が飲んで。ずっと二人が喋っているというパターンですね。

―その時間は楽しいですか?

うちはいい意味でも、距離が近すぎないというか。それぞれの道をみんな好きなことやって頑張ろうぜっていうタイプなんです。父と母の情報はヤフーニュースとかで知って、あ、こういうのやってんだなみたいな。でもそのことについて喋るとかはないんです。集まった時にいちいち報告なんかしなくてもいい。逆に報告しないからこそ、こういう集まりってすごく大事なのかなと思います。

―さんまさんと、お兄さんとはどういう会話をされてますか。

そうですね、兄の実の父は彼が2歳くらいのときに亡くなって、兄が5歳の時にうちの父と住み始めたんです。それから2年か3年くらい一緒に住んでいたんですけど。

―はい。

兄と父は普通に会話していますよ。ちなみに、兄はお父さんとは言わないんです。ボスと呼んでいます。

―ボス!

私もボスと呼んでいるんですが、父が兄と私に自分のことをボスって呼ばせたんです。父と兄は、小さい時から壁はなく喋っていました。兄はいい意味で結構変わってる人なんですが、父は兄のことを本当に可愛がっていますね。父が兄と兄の高校時代の友達を軽井沢に連れて行ったりとか。みんなで麻雀したりとか。私の友達もなんですけど兄の学生時代の友達とも、もう昔から仲良くしています。

―みんなのボスになってるんですかね。

そうですね。だから、本当、父が違うから、とかいう壁は感じたことは私は無いですね。お父さんとは自分も言わないので、周りからしたらなんか変な感じに聞こえるかもしれないですけど、ボスって呼んでます。でもなんか自分たちの中では愛称感覚で。ま、もう昔からボスボスって呼んでるんで。兄もあんまそこは気にしてないかもしれないですね。まああと、血が繋がってないとはいえ、父がいるのは兄も心強いんじゃないかなとは思います。

IMALUさん

【第2回】「この距離感だからこそ、今の自分があるんです。」に続きます

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